一人でも独りじゃない 医療と介護を受けながらその人らしく暮らす -ホームホスピス「楪(ゆずりは)」-

 認知症やがん終末期などで一人暮らしは難しい。家族では介護しきれなくなった高齢者などのために、ホームホスピス「楪」を開設して4年余。運営母体のNPO法人理事長で、施設長を務める嶋﨑叔子さんは「有料老人ホームでも介護施設でもない。入居者にとって第二の家庭、その人らしく暮らせる居場所を」と言う。小平市学園西町にある「楪」を訪ねてみた。

食事も寝起きもマイペース

入居者の部屋でテレビを一緒に楽しむ嶋﨑叔子さん

入居者の部屋でテレビを一緒に楽しむ嶋﨑叔子さん

 西武多摩湖線一橋学園駅から西へ徒歩7~8分、4階建てマンションの1階。看板もなく、ごく普通の玄関ドアを開けると、エプロン姿の嶋﨑さんが迎えてくれた。元マンションのオーナー一家の居住部分を改装して、リビングに接した窓際の4畳半3室と6畳2室を入居者の個室に。手狭のようだが、キッチンから野菜を刻む音やスープの匂いが漂って、家庭の延長に感じる。 現在、90代の女性4人と50代の男性(59歳)1人が介護福祉士と介護士、ヘルパーを含めて10人のサポート体制で暮らしている。
 夕方6時過ぎ、入居者第一号のタミさん99歳がリビングで食事中だった。絵が得意で4年前の入居当初は、絵筆を握っていたそうだが、食事も介助が必要になっている。ハルエさん94歳はパンが好きで、夕食もひと口大にカットした薄切り食パンの上に、細かく刻んだ惣菜を乗せて箸で口に運んでいる。ヒデコさん96歳は食事を済ませて、居室のテレビでニュース番組に見入っていた。寝起きも食事も、マイペースがホームホスピスの流儀だ。入居者の皆さんの肌がツヤツヤで、小じわもないのに驚いたら、「“美人の館”と呼ばれてます」と嶋﨑さんがにっこり。

父母の介護と看取りから

食事は各人好きな時間にリビングで

食事は各人好きな時間にリビングで

 20年あまり前、嶋﨑さんは母親を看取ってもらった聖ヨハネホスピス(小金井市)で、当時の山崎章郎主治医のホスピスケアに感動した。遺族会の立ち上げにも参加。その後、父親が入所した特養で、食事も排泄も急かされている姿に心を痛めた。週1回訪ねる度に昼食の介助を続けていると、職員の態度にも変化が。
 殆ど面会に来ない家族も多い。特養の在り方は家族の問題でもあると感じた。もっと人間的な介護の仕方があるのではないかと、ヘルパー2級と、介護福祉士の資格も取った。たまたま目にした雑誌で、宮崎市内で古い民家を利用したホームホスピス「かあさんの家」の記事に惹かれて、駆けつけた。一人暮らしが困難になった人たちの共同生活を支える取り組みで、「ボランティアをさせて欲しい」と頼んで2週間寝泊まりをした。

地域包括ケアシステムのモデル

 「かあさんの家」では、病気や障害を持った4~5人が“わが家”のように暮らしていた。一人でも独りではない。支える人も家族の一員のようだった。ボランティアを終えた帰り際に「あなたならできるわよ。信念の軸がぶれないようにしてね」と設立者の市原美穂さんに背を押され、その後、「聖ヨハネホスピス」遺族会の仲間である犬飼桂子さんとNPO法人ホームホスピス武蔵野を立ち上げた。そして、日本財団から助成金の支援も受け、2014(平成26)年4月「ホームホスピス楪」の開設にたどりついた。
 とは言え、まだ、まだ、「ホームホスピス」への理解や認知度は低い。
 新潮選書近刊『「在宅ホスピス」という仕組み』で、山崎章郎ケアタウンクリニック院長は「ホームホスピスは、2025年問題ともいわれる多死社会に向けた、地域包括ケアシステムのモデルの一つになるだろう」と書き、支援している。
 「有料老人ホームや介護施設でないので、財政補助もなく、ヘルパー不足など頭の痛い問題に追われていますが、これまで14人を看取り、入居者の皆さんの娘らしい役割を果たしてきたかな」と、嶋﨑さんは大きな瞳を輝かせた。
 初夏に新しい葉が生えてから、古い葉が落ちていく楪のように、思いを次代へつなげたいと。 

ホームホスピス楪

ホームホスピス楪=小平市学園西町2丁目12-19アスティス松島1階。電話番号&fax042-315-8152。

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