「中島飛行機」を舞台に反戦訴える 視覚障害を抱える中川圭永子さんらが上演 -11月21、22日・武蔵野市-

 私たちの暮らす場が戦争とつながっていることを伝えたい――。11月21日、22日に武蔵野市で8年ぶりに再演される「光る時間(とき)」は、武蔵野中央公園(同市)に敗戦まであった「中島飛行機武蔵製作所」が舞台だ。公演の要である中川圭永子さん(51=同市)は、「いまだから、このお芝居をやりたい」と熱く語る。

実話から生まれた戯曲

出演者たち。5人は武蔵野市民で、「戦中戦後を生きた個人史を伝えたい」と意気込む

出演者たち。5人は武蔵野市民で、「戦中戦後を生きた個人史を伝えたい」と意気込む

 中島飛行機武蔵製作所は、現在の武蔵野中央公園や武蔵野市役所などを含む56万平方㍍に広がり、戦闘機エンジンの国産量の3割を占める大軍需工場だった。
 そのため1944年11月24日を皮切りに9回、米軍による爆撃を受けた。この数は全国の軍需工場最多で、工場内で200人以上が亡くなった。本公演のチラシの写真は、9回目の45年8月8日の爆撃を行う米軍機をとらえたもので、眼下の工場から煙が上がり、被害を生々しく写している。
 最盛期には徴用工や女子挺身隊員、勤労動員学徒らを含め、6万人以上が働いていた。その一人が、俳優で劇作家の渡辺えりさんの父親だった。41年に14歳で養成工として入社。爆撃で親しい友人の一人を失うが、本人は生き長らえることができた。渡辺さんは父親を主人公のモデルに、「光る時間」を書いた。
 ときは現代。家族旅行で訪れた温泉旅館に、なぜか、父親の友人たちが集まってきて、戦時中の中島飛行機に舞台は移っていく。度重なる米軍の爆撃に死と隣あわせの日々を送った父親たちの話が始まる……。中川さんは主人公の娘役、つまり渡辺さんを想像させる役で出演する。

日常の中で戦争を感じる

父の戦争体験を耳にして、衝撃を受ける娘役を熱演する中川圭永子さん=10月のけいこから

父の戦争体験を耳にして、衝撃を受ける娘役を熱演する中川圭永子さん=10月のけいこから

 かつて、渡辺さんが主宰する劇団で活躍した中川さんは、結婚、出産を経て、俳優を休業中に中央公園近くに転居。そこで17年前、不発弾処理のために、市から避難指示を受けた。「戦争を肌で感じた、初めての経験でした。戦争は遠い過去のものではなかったんです」と振り返る。
 これが転機になり、平和活動に積極的に参加していった。紙芝居で戦争の悲劇を伝えたり、武蔵野市の非核都市宣言平和事業実行委員を務めたりしている。
 1回目の公演でも、同じ主人公の娘役を演じたが、それ以前から難病の一つである網膜色素変性症を患い、徐々に見えづらくなっていた。苦手な暗転の演出を避けるなどの協力を得ていたが、最後と覚悟して舞台に上がったという。

熱意を支える仲間たち

温泉旅館に、父の友人たちが次々と集まり、混沌とするシーンのけいこ

温泉旅館に、父の友人たちが次々と集まり、混沌とするシーンのけいこ

 その公演の成功から、再演を望む声がわき上がった。戦後70年の節目をひかえた昨年12月、特定秘密保護法が施行。中川さんはこの芝居ができなくなる時代がくるかもしれないと、恐怖を覚えた。「そんなことにしてはいけない」と再演を決意。年が明け、新たな安全保障法制を成立させ、国は戦争する国へと大きく舵を切った。中川さんの熱意に打たれた仲間が集まり、11月の公演が決まった。
 最近になって、中川さんは日常的に白杖を使い始めた。けいこ中は他の人の動きをとらえようと、感覚を研ぎすませる。「目の病気を知っていて一緒にやろうと言ってくれる気持ちのいい人たちに恵まれた」と、平和を希求する舞台に情熱を捧げる。

■「光る時間」

公演 11月21日13時半、18時半。22日13時半。
武蔵野スイングホール(武蔵境駅北口)。
前売3000円、当日3500円(18歳以下各500円引き)。
予約、問い合わせは090-3599-8857企画集団A-A’

中島飛行機武蔵製作所を爆撃する米軍機が鮮烈な公演のチラシ

中島飛行機武蔵製作所を爆撃する米軍機が鮮烈な公演のチラシ

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