市民が記録した国立 戦後の貴重な写真約110枚 -国立市で展示-

 展示するのは1950年から60年にかけて国立市の街並みや市民の暮らしを写した白黒写真。戦後すぐに創刊した地元の町内会「国立会」の機関紙「国立文化」2代目編集・発行人の石黒一夫さんが撮影した。遺族が30年前に「国立教会」に寄贈したアルバムから110点を選び、市内のギャラリー「明窓浄机館(めいそうじょうきかん)」で来年3月末まで展示する。

暮らしを伝えるスナップ写真

富士見通り。火の見櫓から撮影されている。左下のキリンビールの看板の所は現在の西友=1950年

富士見通り。火の見櫓から撮影されている。左下のキリンビールの看板の所は現在の西友=1950年

 国立駅南口から徒歩10分の所にギャラリー「明窓浄机館」がある。
 「こんな昔から大学通りの緑地帯に花を植えていたのね」と80代の女性。「なつかしいボンネットタイプのバスだわ」と一緒に来た女友だちと一枚の写真に見入っていた。

出初式=車がめったに通らない駅前ロータリー、1956年

出初式=車がめったに通らない駅前ロータリー、1956年

 三角屋根の旧駅舎前での消防隊出初め式、円形緑地前で集団で体操をする子どもたち、同緑地内の池のフェンスに絵を飾り、作品展示をする絵画クラブ、掃除をする親子、ベンチでふざける子ども。中には焚き火をするショットも。車が少ない時代だったからロータリーを渡って円形緑地に遊びにいけた。
 51年、大学通りが雨で冠水した時の写真には驚く。バス停の標識の脇に立つ女性たちはバスを待っているのだろうが、立っている台は背もたれのないベンチ? それとも仮設の桟橋? 

町の政治を学ぶ女性たちの姿も

国立会婦人部の会員と子どもたち=旭通りの応善寺前で。1950年

国立会婦人部の会員と子どもたち=旭通りの応善寺前で。1950年

 52年、国立市が文教地区に指定された。文教地区にふさわしい町にしようとお母さんたちは政治や経済を学んだ。そんな素敵な女性の姿を石黒さんは写真に収めている。映画監督の時枝俊江さんもドキュメント映画「町の政治 べんきょうするお母さん」(1957年、31分)に収録した。展示写真にはカメラが市の公民館の教室に入り、議論するお母さんの姿を撮影している写真もある。

 
絵画教室の子どもたち=1958年頃

絵画教室の子どもたち=1958年頃

「保存状態もよく、戦後復興期の自由と平和な社会を求めた市民のエネルギーを写真から感じとってほしい」と同館学芸員・渡辺彰子さんは言う。
 写真は7冊のアルバムに残されたもので、中には「国立文化」に掲載された写真もあった。

「国立文化」のコピーも展示

町制施行5周年記念商工祭仮装コンクール=富士見通り、1956年

町制施行5周年記念商工祭仮装コンクール=富士見通り、1956年

 「国立文化」(1949年~59年)はタブロイド判4ページ。基本月1回、3500部発行。創刊から3年後には「国立会」から独立し、政治関係や、地域のニュースを伝える新聞となった。街の出来事、イベント情報、教養コラムもあって今読んでも興味深い。
 会場では「国立文化」のコピー(31号分)も展示。ドキュメント映画「町の政治 べんきょうするお母さん」のDVDも見られる。

写真展「戦後復興期の国立の人々と風景」

2018年3月23日(金)まで。10時~17時。日曜・祝祭日休み。100円(中学生以下は無料)。国立市中2-4-3。電話番号042-576-0561

Comments are closed.