竹細工と手漉き和紙の職人がコラボ 「武蔵國の籠と紙」展 4/11~16 西東京市で

 竹細工職の関田徹也さん(34=東村山市)と手漉き和紙一筋の北村春香さん(43=小平市)による初のコラボ展が、4月11日~16日、西東京市のSpaceKOHで開かれる。若手職人の二人は、古くは武蔵國(むさしのくに)と呼ばれた一帯に残る伝統技術、原材料で現代の暮らしに向く用具を求め、山里の保護活動も続けている。

初めての出会いで互いに刺激を

関田さんの工房でコラボ作品のアイディアを出し合う北村さん(左)と関田さん

関田さんの工房でコラボ作品のアイディアを出し合う北村さん(左)と関田さん

 「笊(ざる)型なら床置きより、天井から吊り下げる方がいいかしら」「吊り下げ型なら半径2尺(約66㌢)が映えますね」。初のコラボ展に向けて、関田さんの編んだ竹籠に、北村さんの漉(す)いた和紙を貼って、現代の暮らしに向くランプシェードを創りたいと、互いに刺激し合っている。
 同展はSpaceKOHの企画で、「二人は西武沿線つながりで初顔合わせ。手仕事の素晴らしさ、近隣にはまだ竹林や和紙の原料となる楮(こうぞ)が残っていることも、作品を通して知ってほしい」と、オーナーの和田香澄さんも期待している。

竹職人を訪ねて技術を体得

関田さんの籠や笊

関田さんの籠や笊

 関田さんは子どもの頃から手仕事が好きで、初めて竹籠を編んだのは中学1年生のとき。群馬の農家だった父方の祖母の家で、竹細工の本や祖父母の作った竹籠を見ながら仕上げた。
 「大学くらい出ておけ」と周囲から諭され、入学したものの半年で「今やるべきことはこれじゃない」と退学を決めてしまう。
 竹工芸の専門学校や、訓練センターもあるが、各地の竹職人を訪ね、「籠じゃ食えねーよ」と言われながら、技術を体得してきた。工芸ではなく用具としての竹細工にこだわる関田さんは、「竹が自分の性に合っているから」と言う。
 高齢化と過疎化で竹林は放置され、竹細工の技術も急速に失われている昨今。竹林の保全を手伝いながらその地域固有の竹細工を教わり受け継ごうとしている。

軍道紙の紙漉き10年 その可能性を求めて

北村さんの軍道紙で作った名刺入れや、ブックカバー、千代紙

北村さんの軍道紙で作った名刺入れや、ブックカバー、千代紙

 桜貝を漉き込んだ能登和紙を雑誌で見て、魅かれた北村さんも、10代から紙漉きを目指して来た。高校卒業後、住み込むつもりで工房に向かったが、「大学を卒業してから」と、両親から連れ戻された。大学卒業後、就職もしたが山陰から四国、奈良県など30~40カ所も和紙工房で、紙漉き体験を重ねた。
 縁あって、あきる野市ふるさと工房「軍道紙(ぐんどうし)の家」へ。同市乙津周辺に伝わる軍道紙保存会の工房で、東京都に唯一残る伝統和紙の紙漉きに携わる。軍道紙は近世以後、養蚕や製茶のホイロ、襖の下張に使われてきた丈夫な和紙で、都無形文化財に指定されている。
関田さんの竹籠に北村さんが漉いた和紙を貼り、仕上げたランプシェード

関田さんの竹籠に北村さんが漉いた和紙を貼り、仕上げたランプシェード

 紙漉きに携わりながら、毎年、暮れに楮を刈り取り、1~3月初旬にかけて蒸して皮を剥ぎ、木槌で叩いた繊維の塵を除くなど、紙を漉くまでの荒作業にも追われた。「2006年から10年、ジャングル状態になっている放棄地の草刈り、枝払いも」と、笑顔で語る北村さんだ。女児を出産したのを機に独立。「東京手すき和紙工房・軍道紙未来研究所」を設けて、あきる野、檜原などへ通いながら、和紙の可能性を求めている。

武蔵國の籠と紙展

 4月11日~16日11時~18時(最終日17時まで)、会場のSpaceKOHは西武新宿線柳沢駅南口から徒歩1~2分。関田さんの普段使いの籠や笊。北村さんは杉皮入りの檜原和紙、戸倉和紙、湯久保紫根染め和紙、手染めの紙布や千代紙、ブックカバー、名刺入れ他を出品。即売も。電話番号042-468-8558 SpaceKOH

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