父の自伝から見えた 明治・大正・昭和の日本 『父に学んだ近代日本史』 八王子市の永瀬一哉さんが出版

 両親や祖父母の残した日記などの手記。遺族にとっては大切なものでも、家族以外には関係ないものなのでは? と思ってしまうのが普通だろう。でも、当時の何気ない日々の記録や体験、思いなどが、個人の経験を越えて後世の私たちの貴重な歴史の証言「共通の財産」になることもある。父親が残した自伝を、時間をかけ丁寧に検証を重ね「生きた歴史」として形にした『父に学んだ近代日本史』が、八王子の揺籃社から刊行された。

箪笥の中から……

調査を進めて新たな発見もあったと語る永瀬一哉さん

 神奈川県立弥栄高等学校の社会科教諭・永瀬一哉さん(63)の八王子の自宅には、古い箪笥がある。関東大震災で避難する時、永瀬さんの父親と祖父とで芝区南佐久間町(現港区西新橋)から日比谷公園に運んだものだ。中に古いアルバムや絵葉書が入っていることは前から知っていた。晩年の母親が亡夫の遺品を保管していたようで、永瀬さんは箪笥を大切にするように言われていた。

自伝が入っていた箪笥

 現職の教員をしながら、NPO法人インドシナ難民の明日を考える会の代表として、カンボジア難民支援の活動を30年来続ける忙しい日々の中で、14年前ふと「他にどんなものが入っているのだろう」と、箪笥の引き出しの中を何気なく調べて、父・永瀬宏一さん(1908年~1988年)の手書きの自伝5冊を見つけた。

歴史的、社会的な意味を考えたい

箪笥の引き出しから見つかった、父・宏一さん手書きの手記5冊

 永瀬さんは「手に取って見た瞬間、この記録はここで眠らせていてはいけない」と思ったと言う。子どもの時、虎ノ門の金刀比羅宮の縁日で見た“丁髷(ちょんまげ)”を結った人がやっていた機械仕掛けの人形の見世物が楽しみだったこと、“大学を出たけれど”職はなく、友人の紹介でやっと英語教師になったが、戦争中は「敵国語」だからと教科を代えて音楽を教えることに。専門外ということでも大変なのに、ドレミの音階が敵国語で使えず、ハニホヘトイロハに充てていて苦労したことなどが鮮明に記されていた。

永瀬さんを抱く、父・永瀬宏一さん=1956年6月撮影

 経験した本人にとっては日々の記録や備忘録であっても、後年、その事象や地域、固有名詞を丹念に調べれば、生きた歴史を学ぶことができる。

共通の財産に

カンボジアの地方の高校に教科書を贈呈(右から3人目が永瀬さん)

 「関東大震災の記載を読んで、災害は『人生の断層』になると思いました」と永瀬さん。父の宏一さんも一瞬にして多くの友人・知人を失った。
 父の手記をひとつひとつ紐解いていく作業は「父との対話のようでした」と永瀬さん。一人の市井の人が生きた人生の断片のひとつひとつに、その時代の歴史が詰まっている。
 本書の出版を終えた永瀬さんは、次は資料編を編纂しようと考案中とのこと。「ご自宅に古い記録が眠っていらっしゃる方も多いのでは? きちんと調査・研究して、歴史の貴重な『共通の財産』にしませんか」と結ぶ。

表紙レイアウトも永瀬さんのアイデア

 ■『父に学んだ近代日本史―永瀬宏一の自伝を紐解く』永瀬一哉著、2019年6月、揺籃社発行(?042・620・2615)、A5判、260㌻、定価1800円(税別)。★希望者に5冊プレゼント。応募方法は3面参照。

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