幻の花「ムラサキ」 江戸むらさき復活の取り組み 檜原村で

 かつて武蔵野の地に自生していた、初夏から夏にかけて小さな白い花を咲かせる多年草のムラサキ。暗紫色の根が、漢方薬のシコン(紫根)や草木染の染料として古くから重用されてきたが、今では絶滅危惧種だ。そんなムラサキが半世紀ほど前、檜原村で偶然発見され、今でも村内で大切に栽培されている。

ムラサキの発見、栽培

シソ目ムラサキ科の多年草。紫根で染めた絹布は虫やカビに強い。色素のシコニンには抗菌作用もある

シソ目ムラサキ科の多年草。紫根で染めた絹布は虫やカビに強い。色素のシコニンには抗菌作用もある

 ムラサキは万葉集にもその名が記されるほど歴史は古く、江戸時代には青みがかった紫色が「江戸むらさき」として珍重された。近年、スギやヒノキの下草刈りで雑草と共に刈り取られ、ほとんど見かけなくなってしまった。今、漢方薬や染料の原料として一般的に流通しているのは、主に中国産の外来種だ。 ムラサキが発見されたのは1957(昭和32)年。浅間尾根にある檜原村の小沢共有地・松生山で偶然、林の下草刈りをしていた山野草の会のメンバーの目にとまった。何本か抜いて持ち帰り、植物愛好家に見せ、それがムラサキだとわかり、翌日もう一度同じ場所へ出かけ、今度は栽培用に採取してきた。その子孫が、今大切に栽培されている。

伸びた茎が倒れないよう、短く切った園芸用ワイヤーを支柱に結んでいく

伸びた茎が倒れないよう、短く切った園芸用ワイヤーを支柱に結んでいく

 東京都無形民俗文化財に指定されている、江戸時代から伝わるこの地区の祭「小沢式三番(さんば)」に登場する翁の衣装にも、ムラサキで染めた布が使われていることから、当時はムラサキがこの地で自生していたことがわかる。

世代をこえて、共に栽培作業

支柱作業を終えて(右から)森崇恵さん、丸山美子さん、丸山二郎さん、森美也子さん 

支柱作業を終えて(右から)森崇恵さん、丸山美子さん、丸山二郎さん、森美也子さん 

 地域おこし活動をしている一般社団法人「湯久保宿」の丸山美子さん(69)の案内で、ムラサキを栽培している檜原村人里(へんぼり)にある高橋園芸のビニールハウスを見学した。ちょうどその日は、高橋園芸の高橋亨さん(71)はじめ、メンバー5人で支柱をつける作業をしていた。

ムラサキの生育を毎日見守っている、高橋園芸の高橋亨さん

ムラサキの生育を毎日見守っている、高橋園芸の高橋亨さん

 作業に参加していた森崇恵さん(43)は、丸山さんの夫の二郎さん(71)が隣の日の出町で中学校教員をしていた時の教え子だ。数年前に開かれた同窓会で、森さんは恩師が檜原村でムラサキの栽培をしていることを知った。ちょうど畑作業を始めてみたいと思っていたこともあり、この取り組みに参加するようになった。今は神奈川県相模原市に住む森さんは「ムラサキという花のことを、種から紫根の採取まで、1年間の作業を通して知りたいと思って」なるべく時間を作って参加しているという。

草木染に活かしたい

ムラサキのヒゲ根。甘い匂いがほんのり香る。直植えするとアリに食べられてしまうとか

ムラサキのヒゲ根。甘い匂いがほんのり香る。直植えするとアリに食べられてしまうとか

 檜原村のムラサキは、下草刈りをしていた発見当時の小澤園芸組合や、それを引き継ぐ形で丸山美子さんが代表を務めた草木染愛好会と、その種が村の人々の手で大切に受け継がれ、現在に至っている。2014(平成26)年には、農業生物資源研究所(つくば市)に「檜原在来ムラサキ」としてジーンバンク登録もされた。
 これからは、この貴重な在来種のムラサキを草木染などに活用して「檜原ブランド」に育てたいと、丸山さんたちは次世代へつなぐプロジェクトも計画中だ。秋にはムラサキ草木染体験ワークショップも予定。問い合わせは、メールmomohaus@yukubo.com丸山さんまで。電話番号042-598-0016湯久保宿

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