東京大空襲の記憶 次世代に

体験者・二瓶治代さん 3月14日 国立市で講話

長さ52センチ、六角形の筒の直径が8センチの焼夷弾の実物を手に、その仕組みを解説する二瓶さん

一夜に10万人以上の一般市民が犠牲になった1945(昭和20)年3月10日の東京大空襲から76年目を迎える。戦争の悲惨さと平和の大切さを伝えようと、市民の集いが3月13日から4日間国立で開かれる。期間中の14日「くにたち原爆・戦争体験伝承者育成プロジェクト」で講師を務めた大空襲体験者、二瓶治代さん(84=国立市)の講話も予定されている。

体験者の思いを受け継ぐ「伝承者」を育成

くにたち原爆・東京大空襲体験伝承者講話(国立市公民館)

戦後70年の2015年、国立市では市内在住の広島・長崎の原爆被爆体験者の平和への思いを受け継ぎ、それを次世代に伝える「伝承者」を育成するプロジェクト(第1期)を発足させた。
行政主導の被爆体験伝承者育成が、広島、長崎以外で行われているのは、現在、全国で国立市だけだ。第2期(2017年)からは二瓶さんも加わり、現在、市が認定する伝承者は29人(広島13人、長崎11人、東京大空襲5人)。同市の中央図書館や公民館等で定期的に伝承者講話を開催するとともに、学校はじめ各地への派遣講話も実施している。
二瓶さんは、同プロジェクトの伝承者育成に取り組む一方、江東区北砂にある民間施設「東京大空襲・戦災資料センター」での語り部活動や、講演会での証言活動も行っている。

「また明日、あそぼうね」が最後のことばに

二瓶さんを主人公にした絵本。新日本出版社発行。本体価格1400円(税別)

1936(昭和11)年6月生まれの二瓶さんは大空襲の時は8歳だった。家は亀戸駅近くの商店街で、香辛料の仲卸業を商っていた。店舗の奥と2階で、両親と6歳年上の兄と3歳年下の妹の5人家族で暮らしていた。
大空襲の前日、卒業式のために疎開先から6年生たちが帰京してきた。二瓶さんは田舎もなかったので縁故疎開もできず、まだ低学年で集団疎開もできない“居残り組”で、毎日寂しい思いをしていた。久しぶりにお友だちに会えて、その日はとても楽しかったという。夕方まで思いっきり遊んで、別れ際に「また明日、遊ぼうね」と約束したけれど、その「明日」は来なかった。

平和とは「日常」が続くこと

その日の夜、街は一面炎の海と化した。二瓶さんは親とはぐれ、逃げる人々の下敷きに。気を失っていたところを父親に助け出された。
大空襲でそれまであった「日常」がパタッとなくなった。人間関係や生活環境の全てが途切れた。「ある日突然日常がなくなったことは、昨年コロナ禍で一斉休校になったことと少し似ているかもしれませんね」と二瓶さん。
時系列で、事象の一つひとつを丁寧に語る二瓶さんの講話を聞いていると、その場面が映像のようにイメージできる。戦争体験の記憶と日常の平和の尊さを、次世代に継承しようとする二瓶さんの熱い思いが伝わってくる。

東京大空襲を忘れない“平和の集い”IN国立

 3月13日〜16日、国立商協ビル(国立駅南口3分)で開かれる。絵画・写真展、ビデオ上映など(詳細は4面のインフォメーション欄参照)。その中で、◆14日(日)同ビル内のさくらホールで、ビデオ上映(13時半〜15時45分、2019年8月に江東区深川で開催された“平和の集い”収録)後、16時から伝承者・佐藤稀子とともに二瓶さんも話す。定員先着50人。当日10時より会場受付で入場券(無料)を配布する。同実行委員会主催。電話番号090-2324-3263中川さん

Comments are closed.