亡父の工房をリニューアル

ボリビアの楽器販売&カフェ アンデスの家ボリビア 小平市の福岡永梨(えり)さん

アルマジロの甲羅をボディに張った父・福岡稔さん製作のチャランゴなどを紹介する福岡永梨さん

西武線小平駅北口から徒歩2分、路地沿いのビルの外階段を上がれば、そこは別世界! 壁面にはチャランゴと呼ばれるボリビアの弦楽器や縦笛ケーナ、南米カラーの布製品などに目を奪われる。「元は父の工房兼店舗でしたから、材木や工具、塗料などで足の踏み場もない状態で」と、語り始めた福岡永梨さんは、大学職員を辞して、2019年9月「アンデスの家ボリビア」を再オープンした。

チャランゴ製作家になった父と染色画家だった母

母・麻由美さんの染色画「ウイニャヤタキの願い」181×181㌢。店内で展示中

ボリビアコーヒーとサルテーニャ(右)、サツマイモパン(左上)

「父福岡稔は元サラリーマンだったのですが、あるレコードを聴いてチャランゴに惚れ込んで……」と、壁面に展示されたチャランゴと両親について語ってくれる永梨さん。
陽気ながらも哀調をおびたフォルクローレが心に滲みたのか、稔さんはほぼ独学で、チャランゴを演奏し始め、日本初のグループも結成して、演奏活動を通して知り合った麻由美さんと、1976年に南米の内陸国ボリビアへ。“フォルクローレの故郷”とも呼ばれる同国で二人は結婚。稔さんはチャランゴ工房で、製作や修理を、麻由美さんは古老から現地伝統の織物を学んだ。
翌年帰国後、二人は神奈川県山北町に「アンデスの家ボリビア」をオープン。麻由美さんは帰国後、京友禅の師につき、アンデスの大地に恵みをもたらす女神などの染色画大作を制作。83年から現代日本工芸展に5回出展。注目を浴びながらも91年、41歳で他界した。「悲しいというより、まだ死ということが分からなかったので、父や祖父、叔父たちの元を転々としながらも、何とか育った」と、当時3歳だった永梨さんは苦笑した。

がん闘病を続けながらも

母親のがん発病と同時期に父親稔さんも膵臓がんで、入院治療を繰り返しながらも、93年に神奈川県松田町に音楽館「カバーニャ」を開設、会員制コンサートも開催していた。
その後「アンデスの家ボリビア」は、武蔵野市吉祥寺の稔さんの実家に移転。チャランゴ奏者と楽器製作、修理に骨身を削っていた。「父は若い演奏家や大学サークルの育成に情熱を注いでいました。新入生が買いに来ると、お金は後でいいからと楽器を持ち帰らせたり、修理代も殆ど取ってなかった」。
そんな父親を見ながら育った永梨さんは、絶対に「アンデスの家ボリビア」は継ぎたくない。普通の暮らしに憧れて、大学卒業後は、大学職員に。
吉祥寺の稔さんの実家は遺産相続の関係で売却。縁あって2010年に「アンデスの家ボリビア」は小平市の現在地へ。

父母の遺作展示と楽器販売の店として再スタート

店内はボリビアの楽器、南米カラーの製品でいっぱい

以来8年余、よれよれの身体でも期日までに、楽器修理を遅らせることのなかった稔さんだったが、75歳で命が尽きた。「身体も金銭的にもよく持ちこたえてきたよね」と、永梨さんは父親のことを思えるようになり、大学職員を辞める決心をした。
上司には何度も引き留められたが、父の遺したチャランゴ、懇意にしてきたボリビアの楽器製作者たちの楽器の数々、ボリビアの神話などを題材にした母親の染色画大作を守りたい、これらを多くの人にも見てもらいたいと、永梨さんは一大決心をして亡父の工房をリニューアル。
チャランゴなどの楽器と部品、ボリビアの民芸品などの輸入販売店として、2年余り前に再スタートした。

カフェとライブも好評

折悪しくコロナ禍で暗礁に乗り上げながらもフロアを広げて、昨年8月からはカフェと毎月1回店内ライブ(次回は11月13日)もスタートさせた。好評だ。カウンター式カフェでは、ボリビアオーガニックコーヒー440円、ボリビアのサルテーニャ550円、国産小麦天然酵母のパン330円なども。テイクアウトOK。コロナ禍対策にも気を配っている。営業時間は木曜〜月曜12時〜17時。火・水曜定休。小平市美園町2-2-3-201 電話番号042-403-7719(営業時間内に)

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