vol.11 最西端の変遷みつめる(奥多摩町留浦)

島崎幸子さん。とびきりの笑顔で迎えてくれる

島崎幸子さん。とびきりの笑顔で迎えてくれる

 東京最西端の集落、奥多摩町留浦(とずら)。目の前に奥多摩湖を望む青梅街道沿いの食堂「島勝(しまかつ)」は、1957年(昭和32年)に完成した小河内ダムとともに歴史を刻む。以前よろず屋を営んでいたところが湖底となり、移転した。女将の島崎幸子(さちこ)さん(67)はここで37年余、県境の変遷を見つめてきた。
 八王子の市街地で生まれ育った幸子さん。夫の軍治さん(69)と結婚し瑞穂町で4年間を過ごした後、軍治さんの両親が営む食堂を手伝うため、77年5月、2歳の長女と生後4カ月の次女を含む4人で越してきた。
 当時の留浦は釣り客や登山客で賑わっていた。街道沿いにはいくつも食堂があり、曜日に関わらず朝から晩まで客が出入りしていた。幸子さんも荷解きもそこそこに、転居2日後には厨房に入った。

集落の後ろには山の斜面に沿って畑が広がる

集落の後ろには山の斜面に沿って畑が広がる

 その後長男、次男にも恵まれた。幸子さんの母も一緒に暮らすようになり、軍治さんの両親と幸子さんの母、幸子さん夫妻、4人の子どもの9人家族で日々を送った。
 次第に、年を重ねた親世代が病気がちになった。94年に義母が亡くなり、続いて義父と実母の介護のために3年間店を休んだ。2人が亡くなった後、2000年春、食堂を再開した。
 釣り客は減り、留浦は静かになっていた。客層が変わりバイクや自転車、車で来る観光客が中心になった。定休日を設け、昼前に店を開け夕方には閉店する。約20軒あった集落の家は8軒になり、高齢化も進む。

観光客に人気の「留浦の浮き橋」もすぐそばに

観光客に人気の「留浦の浮き橋」もすぐそばに

 でも、手がけた食事を来客に食べてもらうのは「楽しい」。休日には友達とイタリアン、フレンチ、和食などの食べ歩きに出掛ける。「盛りつけとかを参考にしながら食べてるの」と研究に余念がない。「県境の食堂だから洒落たことはできないけれど、ダムの端っこまでわざわざ食べにきてくれるんだから丁寧に作らないとね」
 人気のとろろめし定食(900円)は東北産の粘りの強いとろろと自家製刺身コンニャク、地場産野菜の煮物や揚げ物、サラダなどの小鉢が数種類。素材の味が生きるバランス良い味付けが絶妙だ。
 成人した子ども達に「店を継いで」と言うつもりもない。「島勝は私の代で終わりかな、って思ってる。食堂だけじゃやっていけないもん」。それでも「食堂の仕事は自分の体の一部。元気な限り、島勝を守っていくつもり」

島勝

11時~17時頃、木曜と第1水曜定休。奥多摩駅から西東京バスで40分「留浦」下車。TEL:0428-86-2038

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