vol.10 天空の里で育つマイタケ(檜原村倉掛)

 “高いところから人が住み着いていった”といわれる檜原村では、天空の里ともいえるような尾根上に位置する集落がいくつかある。今回訪れたのはその一つ、白岩(しらや)。北秋川沿いを走るバスの終点、藤倉から村道を登った先にある5軒ほどが暮らす集落。標高約850㍍のこの場所で1995年からマイタケを栽培しているのが、「桧原きのこセンター」の中村力さん(60)だ。

試行錯誤の15年間

収穫直後のマイタケを手にする中村さん。湿度90パーセント超の室内にはマイタケの香りが広がる

収穫直後のマイタケを手にする中村さん。湿度90パーセント超の室内にはマイタケの香りが広がる

 檜原村では多くの種類のキノコが自生していて、マイタケは村の西端にある三頭山の標高1000㍍付近に生育しているという。その場所の気温や湿度に近づけた環境で栽培している同センターのマイタケは、香りや歯ごたえが評判で、村内のレストランや旅館の食事に一年中並ぶ。
 同村数馬出身の中村さんは立川市農業委員会に勤めていたが、農家との関わりを通じて「自分も何かを作りたい」との思いを抱くようになり、41歳の時、当時まだ知名度は低かったものの独特の風味に将来性を感じてマイタケの栽培を始めることを決意。標高が高く平らな場所を探し求めてこの白岩にたどり着いた。
 だが、はじめの15年ほどは「浮き沈みが激しかった」という。始める際に群馬県のマイタケの工場で研修を受けたものの、標高や気温、湿度、水質など環境が少しでも違うと育て方が全く異なる。芽が出てもカサが広がらなかったり、カビが繁殖して育たなかったり……。原因が分からないため対処方法に確信が持てず、殺菌方法・温度や湿度の設定の変更など思いつく限りの対策を片っ端から試していくしかなかった。育ちぶりが気になって、センターに泊まり込んだ日もあった。
 試行錯誤を経て、ようやくこの土地に合った栽培方法が分かるようになり、村内の旅館やレストラン、多摩地域の農協、大手百貨店など販路が徐々に広がっていった。生産と販売が安定するようになったのはここ4年ほどという。

自生環境に近づける

芽が出てこれからカサが広がっていく

芽が出てこれからカサが広がっていく

 栽培の過程を見せてもらった。熱殺菌処理をしたおがくずに菌を植えた瓶が、移動式の棚にズラリと並ぶ。室温25~26度、湿度65~70㌫に保たれた培養室で24日ほどを過ごし、芽出し室、栽培室をへて植菌から約40日後に出荷される。栽培室の室温は20~21度、湿度は90㌫以上。じっとりと湿っぽい室内は、マイタケが自生する秋の山中にある、朽ちかけたクヌギやブナの周辺の環境を再現しているのだ。
 今年2月の大雪。センター周辺の積雪は1㍍をゆうに超え、雪の重みで培養室の屋根が崩れ、中にあった瓶の半分以上が育たなかった。降雪前に山を下りていた中村さんは5日間センターに戻ることが出来ず、自衛隊の除雪機の後ろから雪かきをしながら、祈るような気持ちで林道をついていくしかなかった。
 2月から4カ月間の売り上げが昨年より600万円以上落ち込むなど大きな損害を被ったが、5月末には新しい培養室が完成し、以前のペースを取り戻しつつある。

新鮮なうちに届けたい

林の中を縫うように上がっていくと突然視界が開け、遠く都内の高層ビル群も見える。登りきって平らになったところが白岩だ

林の中を縫うように上がっていくと突然視界が開け、遠く都内の高層ビル群も見える。登りきって平らになったところが白岩だ

 起業当時小学6年生だった長男の勇樹さん(30)は5年前からセンターで働き始め、2月の積雪時にはセンターに残って除雪作業に追われながら中村さんに山の上の様子を伝え続けた。「起業には賛成ではなかった」という妻の桂子さんも、栄養士の仕事を昨春退職してからは経理や出荷の仕事に従事している。
 キノコ栽培を始めて19年、今年2月まで2日以上続けて休んだことはなく、長期間の旅行などとも無縁のまま栽培に打ち込んできた中村さん。「ここのマイタケを待っていてくれる人がいる。これからもより美味しい味を追求しながら新鮮なうちに食卓に届け続けたい」。夕方、その日収穫したものを車に積んで配達する日が続きそうだ。

■檜原きのこセンター

〒190-0201檜原村倉掛5169
電話番号:042-598-1001
FAx:042-598-0080
Eメール:yykinoko@nifty.com
◯マイタケ…【A】370グラム500円、【B】(重量調整などではじかれたものを袋詰めしたお買い得品):560グラム500円
◯あわび茸…370グラム500円。いずれも送料別、ギフト用の箱詰めは別料金

Comments are closed.