vol.5 減りゆく茅葺き屋根の家(檜原村樋里)

日あたりのいい南側は傷みにくいが、日陰になる箇所は草や苔が生えがちだという

日あたりのいい南側は傷みにくいが、日陰になる箇所は草や苔が生えがちだという

 前夜から朝にかけて都内では雨だったが、檜原村では雪。武蔵五日市駅からバスで約40分、北秋川沿いの樋里(ひざと)に着いたころには10㌢ほどの積雪があった。陽のあたる縁側に腰掛けて山口みつ江さん(84)は待っていてくれた。ポカポカの縁側から望む山々は真っ白に雪化粧していた。
 50数世帯が暮らす樋里の小岩地区。その中で唯一、茅(かや)や杉の皮で葺いた屋根を頂くのが山口さんの家だ。みつ江さんはここで、長男の茂男さん(51)夫妻と2人の孫の5人で暮らす。
 1953年(昭和28年)に五日市(現・あきる野市)から嫁いだころは、小岩にも山口家のほかに1~2軒、茅葺き屋根の住宅があったという。山口さん宅は、大正時代にあった火事で家が燃えたため、親戚から家を移築してもらったものだ。そのため、築年数は分からない。

山口みつ江さん

山口みつ江さん

 今の屋根に葺き替えたのは、茂男さんが生まれる5カ月前の1961年12月。屋根は内側から麦わら、茅、杉皮の三層になっている。「杉の皮を千束買ってきて、近所のみんなに手伝ってもらって、五日市の職人さんが葺き替えた」という。その後は、傷んだ箇所を部分的に改修してきた。
縁側と居間を仕切るのは障子。夕方になると雨戸を閉める。サッシにはしていない。「こんな屋根だからね、サッシは似合わないって言われてね」とみつ江さん。
 夏は涼しく、冬は暖かい。雨の音は屋根が吸い込むためほとんど聞こえない。「降ってんだかどうだか分かんないくらい静かでいいよ。でも、こういう屋根を若い人たちがいいと思ってるとは思わない。これからどうするんだか口出しするつもりはない」という。

下から見ると麦わら、茅、杉皮の三層になっているのが分かる

下から見ると麦わら、茅、杉皮の三層になっているのが分かる

  檜原村郷土資料館の清水正治館長によると、村内で茅や杉皮で葺いた屋根の家屋は5軒のみ(うち2軒が個人の住宅。3軒が数馬地区の旅館と民宿)。かつては村内に茅場があり、職人もいて、集落総出で葺く作業を手伝った。だが次第に茅の入手が難しくなり、職人もいなくなるなど、多くの家がトタン屋根に改修していった。「檜原村の茅葺き屋根の建物は風前の灯かもしれない」

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数馬の茅(杉皮)葺き屋根の宿は、ガイドブックなどでも有名です。では個人宅ではどうか。人づてに電話で問い合わせること数軒。「トタンで被せちゃったよ。○○さんちは残ってるんじゃないかな」……、そんな返事が続いた後、ようやくたどり着いたのが山口さん宅でした。縁側でお話を聞きながら、葺き替え作業をしたころの賑わいに思いを馳せました。

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