vol.24 地元を元気にすることが恩返し

宮城県・山元町「ミニホーム・愛広館」

あじさいの花を折る利用者

あじさいの花を折る利用者

 初夏、仙台駅から常磐線で南に向かうと、震災の爪あとはもはやどこにも感じられない平和な町並みが続く。だが、亘理町の浜吉田駅まで行くと線路が途絶えた。現在も復興途中だ。震災直後に訪れたNPO法人を再び取材した。

高台で事業所を再スタート

中村怜子理事長

中村怜子理事長

 東日本大震災の際、巨大津波は浜吉田駅を襲い、周辺の住宅地まで流入した。あれから3年を経たが、浜吉田駅より先は、レールが撤去された線路跡に、夏草が生えているだけだ。線路跡をたどって、次の駅(山下駅)があったという場所に行く。周辺は閑散としている。
 「面影は全くありませんが、駅前だったこの道路は、別名銀座通りといわれるくらい商店が並んでにぎやかだったんです」
 こう教えてくれたのは、「ミニホーム・愛広館」(NPO法人ささえ愛山元)の中村怜子理事長だ。「ミニホーム・愛広館」(以下、愛広館と略)は、昨年8月に、内陸部に移転したという。
 旧山下駅から車で10分ほど行った高台に、新しい愛広館があった。広い玄関を入るとデイルームがあり、大きなテーブルを囲むように座った利用者が手仕事をしている。
 「あじさいの花びらを折っているんですよ」。利用者の一人が水色の折り紙を差し出した。みんな手を動かしながらおしゃべりも盛んだ。本日の利用者は8名。定員は10名だ。
 窓からは山元町の家々が展望でき、この地が高台にあることが良く分かる。

「思い」を返す

浜吉田駅から1キロほど離れた線路跡

浜吉田駅から1キロほど離れた線路跡

 愛広館はもともと旧山下駅近くの民家でデイサービスを行っていた。津波は2階建て建物の1階天井まで押し寄せ、海岸近くにあったもう1軒のデイサービス事業所は全壊。その時、海岸近くのデイにいた中村さんは、津波に呑まれ、同僚も目の前で流され死亡した。
 「あの時はもうデイは止めようと思ったの」と語る中村さんだが、震災からわずか7カ月後の10月に、修繕を終えた建物でデイを再開させたのだった。
 その後、建物のある地域が町の第三種災害危険区域に指定され、新築時にはかさ上げなどが義務づけられ、「命を預かる仕事だから」と内陸部への移転を決意した。
 「津波ですべてを失った事業所ですが、全国のみなさんからたくさんのモノと『思い』をいただきました。今度は私たちがお返しする番です」と中村さん。
 中村さんの恩返しの形は、地元を元気にすることだ。自宅や家族を失った人々が明るくなるように手助けするのが使命だとも。
 「移転前のデイで、市民が集える場として『ほっと活動』を始めたんですよ」
 にっこり笑う中村さんの顔が以前よりも明るい。ほっと活動の様子を見に行くことにした。次号に続く。
 (介護福祉ジャーナリスト・甘利てる代=八王子市)

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