vol.36 震災から4年、仙石線が全線復旧

 東日本大震災以降、分断されていた仙石線(宮城県)の鉄路が全線復旧した。高台に移転した新「野蒜駅」から海沿いにあった旧駅を眺めると、被災した人々の思いが胸をよぎった。

復旧を待ち望んだ人々

仙石線の全線開通を祝って、駅員に花束を渡す伊藤さん

仙石線の全線開通を祝って、駅員に花束を渡す伊藤さん

 2015年5月30日。被災から4年2カ月を経て、仙台と石巻を結ぶJR仙石(せんせき)線が全線再開した。仙台駅から出発した電車内には、鉄道ファンをはじめ、復旧を待ち望んでいた市民の姿が多くあり祝賀ムードにあふれていた。
 4人掛けのボックス席にいた3人の中高年の男女。石巻に向かうという。
 「今まで電車が通っていなかったから石巻が遠かった。これでまた気軽に行くことができる」と語ってくれた。
 30分ほど経つと、松島湾沿いを走っていた電車が、陸前大塚駅を過ぎると左に弧を描くように進んで内陸に向かった。内陸に移転したのは、津波で被災した、「東名」「野蒜」(いずれも東松島市)の2つの駅。陸前大塚から東名間は全長約400メートルにもわたる高架線だ。
 両駅は野蒜北部丘陵地区の山を切り開いて造成された高台に新設されており、新東名駅は旧駅から内陸側に600メートル、新野蒜駅は内陸側500メートルに位置する。2つの新駅の周辺は土砂が切り出された状態のむき出しの大地で、駅舎だけがポツンと建っている。造成は急ピッチで行われているというが、終了するまでにはまだ時間を要する。いずれは住宅地、小学校、市民センター、消防署などが整備され、宅地の引き渡しも2017年には終了する予定だ。

グループ「走れ仙石線」

新設された「野蒜駅」

新設された「野蒜駅」

 野蒜駅で下りる。駅では「すみちゃんの家」(NPO法人のんびーりすみちゃんの家)の伊藤壽美子さんとその仲間が花束を抱えてその時間になるのを待っていた。その時間とは、東日本大震災が発生した午後2時46分だ。
 2時46分、ホームに立った伊藤さんが駅員に花束を渡す。拍手がわいてくる。
 「良かった。本当に良かった」「この日をずっと待っていたんだ」「ありがとう」
 口々に喜びのことばを発する人々の顔は晴れやかだった。
 グループは「走れ仙石線」という。伊藤さんが呼びかけ人となって被災した東名地区の住民50人ほどで構成されている。震災の1年後に、寸断された仙石線の復興を願って活動してきた任意の団体だ。
造成後の荒涼とした野蒜駅周辺

造成後の荒涼とした野蒜駅周辺

 毎年、旧東名駅でイベントを行ってきた。復旧アピールのパレードや啓蒙活動をはじめ、子どもたちの夢を託した「夢ハンカチ」を集めるなどの活動だ。
 「震災後、東名・野蒜地区は路線が確保されていないため人口の流出が進みました。全線復旧後も乗車客が増えていくとは思えず、これから人口が戻るかは、正直分かりません」と伊藤さんは言う。
 新駅の周りにはまだ何もなく、宅地の引き渡しもこれからだ。加えて、東名地区の宅地引き渡しは最終となる予定だ。
 「あと2回、冬を越えなければ新しいまちは形になりません。それでも子どもたちが夢を持てるまち作りが必要です」と伊藤さんはきっぱり。グループの活動はこれからも続く。見守りたい。
 (介護福祉ジャーナリスト・甘利てる代=八王子市)

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