vol.9 地域のFM放送が人と人をつないだ

 災害時に情報収集の重要なツールとなるのがラジオ。東日本大震災ではほとんどの被災地で停電となった。テレビが映らないのだ。そんな時、地域のコミュニティFM放送が、人々が最も知りたい身近な情報を発信した。

「そうだ、ラジオだ!」

高齢者デイサービス「さくらんぼくらぶ」

高齢者デイサービス「さくらんぼくらぶ」

 東日本大震災が発生したその時、宮城県登米(とめ)市の高齢者デイサービス「さくらんぼくらぶ」には、高齢者が6人とスタッフ5人がいた。昼寝を終えた利用者はみなデイルームのソファーに座ってくつろいでいた。そこに地震がきた。
 さくらんぼくらぶの熊谷由紀代表は「登米市は内陸部で、日頃から地震が多い地域です。私自身も小学生の時に宮城沖地震を経験していますが、今回の地震は尋常でないと思いました」と、その時を振り返る。
 約7分間続いた揺れがやっとおさまった時、すでに停電していた。
災害時に役立つFMラジオ

災害時に役立つFMラジオ

 「そうだ、ラジオだ」と熊谷さんは思った。そして、迷わず登米市のコミュニティ放送局に周波数を合わせた。それが「H@FM」(はっとエフエム。以下はっとFMと略)だ。
 コミュニティ放送は放送エリアが市町村単位に限定されるが、防災ラジオとしての機能が注目されている。はっとFMは2010年4月に開局している。
 なぜ熊谷さんは、はっとFMを選んだのか。
 「地元の情報を知りたかったからです。そして、このFM局は災害時だからこそ使えると思ったんです」

FM局へ走った

熊谷由紀さん

熊谷由紀さん

 利用者の送迎時間が迫っていた。だが、電話も携帯電話もつながらないから連絡方法はない。
 「だから、さくらんぼくらぶの今の状態を放送してもらおうと思いついたんですよ」と熊谷さん。幸いなことにFM局は事業所から500㍍ほどの距離だ。熊谷さんは急いで放送してほしい内容を書き上げるとFM局に走った。
 地震発生から約2時間後、市民から寄せられた情報第1号となった熊谷さんの原稿の内容は、「利用者全員が無事であり、これから順次送迎する事、不在の時にはメモを残す事、明日以降は自宅待機をお願いし、再開についてもはっとFMで流す事」などだ。
 実は熊谷さんが原稿を持って行くまでは、はっとFMは地震に関する注意喚起はしても、市民からの情報の受け付けはなかった。
P09_chizu 市民が震災直後、最も知りたかったのは、身内や知り合いが無事であるか、また、生活圏域の被害状況でもある。そのため、熊谷さんの情報提供がきっかけとなって、市民から続々と情報が寄せられるようになった。
 電波に乗った安否情報にどれほどの人が安堵したか知れない。
 次号に続く。
 (介護福祉ジャーナリスト甘利てる代=八王子市)

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