復興を追う

vol.44 東松島、人々の記憶を訪ねて(4)

vol.44 東松島、人々の記憶を訪ねて(4)

2016年3月3日号, 復興を追う 2016年3月3日 at 12:46 Comments are Disabled

刺繍でまちを元気に  宮城県東松島市・矢本運動公園にある仮設商店街に、2015年の11月、一軒のカフェがオープンした。地元の名物や刺繍(ししゅう)商品の販売の店でお茶も楽しむことができる。 「東松島ステッチガールズ」が運続きを読む

vol.43 東松島、人々の記憶を訪ねて(3)

vol.43 東松島、人々の記憶を訪ねて(3)

2016年2月4日, 復興を追う 2016年2月4日 at 12:55 Comments are Disabled

 野蒜小学校(宮城県東松島市)の近くにあった早川宏さんの自宅は、東日本大震災が起きる2年前に建て直したばかりだった。押し寄せた津波で、1階は壊滅状態であったものの2階は無事だったことからこの地に住み残る決心をした。 崖を続きを読む

vol.42 東松島、人々の記憶を訪ねて(2)

vol.42 東松島、人々の記憶を訪ねて(2)

2016年1月7日号, 復興を追う 2016年1月7日 at 10:52 Comments are Disabled

 震災の被害が大きかった東松島市で出会った内海牧子さん。あの日、失ったのは「ママ(嫁)」だけではなかったと教えてくれた。そして今、生かされている自分には役割があるとも言う。 震災後、苦しむ人々  内海さんは2011年3月続きを読む

vol.41 東松島、人々の記憶を訪ねて(1)

vol.41 東松島、人々の記憶を訪ねて(1)

2015年12月3日号, 復興を追う 2015年12月3日 at 11:50 Comments are Disabled

 冬の気配が日ごとに強まっていく宮城県東松島市を訪ねた。東日本大震災から4年半を過ぎているが、復興ということばの裏に埋もれている「普通の人々」の記憶を記録するために。 ママ(嫁)は帰ってこなかった  震災による津波の被害続きを読む

vol.40 「ここに残って供養を続ける」

vol.40 「ここに残って供養を続ける」

2015年11月5日号, 復興を追う 2015年11月5日 at 11:19 Comments are Disabled

 宮城県東松島市。奥松島にある宮戸島は東日本大震災の被害が大きかった地域である。島の入り口にある潜ヶ浦(かつぎがうら)地区。ここで一軒だけ残った自宅で、今も亡くなった人々を供養する夫婦に出会った。 お地蔵様と花で死者を慰続きを読む

vol.39 光の閉校式で再スタート

vol.39 光の閉校式で再スタート

2015年10月1日号, 復興を追う 2015年10月1日 at 14:24 Comments are Disabled

 プロジェクションマッピング。パソコンで作成した映像をスクリーンではなく、建物に投影するというもの。近年テーマパークや各種イベントなどで人気が高い。震災による津波被害で閉校となったある小学校と、この最新技術が出会った。 続きを読む