復興を追う

vol.48  東松島、人々の記憶を訪ねて(8)

vol.48 東松島、人々の記憶を訪ねて(8)

2016年7月7日号, 復興を追う 2016年7月7日 at 16:10 Comments are Disabled

語りつぐ次世代を生み出す   東日本大震災で被害の大きかった東松島市の東名や野蒜地区の震災記録を残し、次世代に語りついでいきたいと活動する東松島市社会福祉協議会・生活復興支援センターで話しを聞いた。 記憶を風化させない 続きを読む

vol.47 東松島、人々の記憶を訪ねて(7)

vol.47 東松島、人々の記憶を訪ねて(7)

2016年6月9日号, 復興を追う 2016年6月9日 at 10:25 Comments are Disabled

被災者サロンの交流で心をつなぐ 東日本大震災の際に宮城県東松島市で被災し、その後主に仙台市などで生活する鳴瀬地区の住民が定期的にサロンを開催して交流を深めている。震災前の思い出などを語る場は1回も休むことなく続いていると続きを読む

vol.46 東松島、人々の記憶を訪ねて(6)

vol.46 東松島、人々の記憶を訪ねて(6)

2016年5月26日号, 復興を追う 2016年5月26日 at 12:44 Comments are Disabled

海苔も船も「みんな無いっちゃ」  東日本大震災(2011・3・11)、奥松島の宮戸島(宮城県東松島市)では、昔からの言い伝え通り島民は高台にある宮戸小学校に避難した。島人は無事だったが津波はいくつもの浜をのみ込み、人々は続きを読む

vol.45 東松島、人々の記憶を訪ねて(5)

vol.45 東松島、人々の記憶を訪ねて(5)

2016年4月7日号, 復興を追う 2016年4月7日 at 12:19 Comments are Disabled

古い言い伝えが島民を救った  東日本大震災による津波被害は、当然のことながら海岸部に集中している。しかし、過去に受けた津波被害を後世に教え残そうと建てられた「津波碑」がある地区では、住民の意識も違ったという。 2つの石碑続きを読む

vol.44 東松島、人々の記憶を訪ねて(4)

vol.44 東松島、人々の記憶を訪ねて(4)

2016年3月3日号, 復興を追う 2016年3月3日 at 12:46 Comments are Disabled

刺繍でまちを元気に  宮城県東松島市・矢本運動公園にある仮設商店街に、2015年の11月、一軒のカフェがオープンした。地元の名物や刺繍(ししゅう)商品の販売の店でお茶も楽しむことができる。 「東松島ステッチガールズ」が運続きを読む

vol.43 東松島、人々の記憶を訪ねて(3)

vol.43 東松島、人々の記憶を訪ねて(3)

2016年2月4日, 復興を追う 2016年2月4日 at 12:55 Comments are Disabled

 野蒜小学校(宮城県東松島市)の近くにあった早川宏さんの自宅は、東日本大震災が起きる2年前に建て直したばかりだった。押し寄せた津波で、1階は壊滅状態であったものの2階は無事だったことからこの地に住み残る決心をした。 崖を続きを読む