復興を追う

vol.52 高台で再スタート、新しい「すみちゃんの家」

vol.52 高台で再スタート、新しい「すみちゃんの家」

2016年12月1日号, 復興を追う 2016年12月1日 at 10:18 Comments are Disabled

 東日本大震災の被災地の現状を追う取材を開始した5年前、被害の大きかった宮城県東松島市で「すみちゃんの家」に出会った。まだ東名運河には津波の爪あとが生々しかった。今年11月上旬、新しい「すみちゃんの家」が高台(同市野蒜ヶ続きを読む

vol.51  体育館のカーテンにつかまって耐えた

vol.51 体育館のカーテンにつかまって耐えた

2016年10月6日号, 復興を追う 2016年10月6日 at 11:13 Comments are Disabled

 東日本大震災で被災した方々の中には、いずこともなく聞こえた「逃げろ」という声に導かれるように避難して助かったという人も少なくなかったという。そんな体験をした一人が住む仮設住宅を訪ねた。 義父に導かれるように  「昭子(続きを読む

vol.50 マツ林が津波の最初の防波堤だった

vol.50 マツ林が津波の最初の防波堤だった

2016年9月1日号, 復興を追う 2016年9月1日 at 13:55 Comments are Disabled

 宮城県の仙台湾沿いにあった海岸林(マツ林)は400年ほど前に、伊達政宗公によって塩害・強風対策として植え始められたもの。東日本大震災ではこの海岸林のほとんどを失ったが、マツ林の復活が減災につながると冊子を発行した公益社続きを読む

vol.49  東松島、人々の記憶を訪ねて(9)

vol.49  東松島、人々の記憶を訪ねて(9)

2016年8月4日号, 復興を追う 2016年8月4日 at 11:35 Comments are Disabled

被災後、手仕事グループを立ち上げる  宮城県東松島市の野蒜・東名地区は東日本大震災による津波被害が大きかったエリアだ。だが、壊滅的な被害を受けつつも、暮らしを取り戻そうと尽力した人々がいたことを記録しておきたい。 一本遅続きを読む

vol.48  東松島、人々の記憶を訪ねて(8)

vol.48 東松島、人々の記憶を訪ねて(8)

2016年7月7日号, 復興を追う 2016年7月7日 at 16:10 Comments are Disabled

語りつぐ次世代を生み出す   東日本大震災で被害の大きかった東松島市の東名や野蒜地区の震災記録を残し、次世代に語りついでいきたいと活動する東松島市社会福祉協議会・生活復興支援センターで話しを聞いた。 記憶を風化させない 続きを読む

vol.47 東松島、人々の記憶を訪ねて(7)

vol.47 東松島、人々の記憶を訪ねて(7)

2016年6月9日号, 復興を追う 2016年6月9日 at 10:25 Comments are Disabled

被災者サロンの交流で心をつなぐ 東日本大震災の際に宮城県東松島市で被災し、その後主に仙台市などで生活する鳴瀬地区の住民が定期的にサロンを開催して交流を深めている。震災前の思い出などを語る場は1回も休むことなく続いていると続きを読む