復興を追う

vol.54 お寺だからできる継続的な支援

vol.54 お寺だからできる継続的な支援

2017年3月2日号, バックナンバー, 復興を追う 2017年3月2日 at 23:44 Comments are Disabled

 あの日(3・11)が近づいてきた。震災直後からボランティア活動を行い、またボランティアのコーディネートも行ってきた宮城県仙台市のお寺(西本願寺)は、現在も継続的な支援活動を展開している。 震災から1週間後にセンターを立続きを読む

vol.53 高校生「語りべ」が見つけた未来

vol.53 高校生「語りべ」が見つけた未来

2017年1月19日号, 復興を追う 2017年1月19日 at 05:43 Comments are Disabled

 髪の長いその女子高生は駅の改札から笑顔で出てきた。石巻からの学校帰りだった。彼女が卒業したのは宮城県東松島市立野蒜小学校。東日本大震災が起きたあの日、小学校6年生だった少女は、現在「語りべ」として活動を行っている。 記続きを読む

vol.52 高台で再スタート、新しい「すみちゃんの家」

vol.52 高台で再スタート、新しい「すみちゃんの家」

2016年12月1日号, 復興を追う 2016年12月1日 at 10:18 Comments are Disabled

 東日本大震災の被災地の現状を追う取材を開始した5年前、被害の大きかった宮城県東松島市で「すみちゃんの家」に出会った。まだ東名運河には津波の爪あとが生々しかった。今年11月上旬、新しい「すみちゃんの家」が高台(同市野蒜ヶ続きを読む

vol.51  体育館のカーテンにつかまって耐えた

vol.51 体育館のカーテンにつかまって耐えた

2016年10月6日号, 復興を追う 2016年10月6日 at 11:13 Comments are Disabled

 東日本大震災で被災した方々の中には、いずこともなく聞こえた「逃げろ」という声に導かれるように避難して助かったという人も少なくなかったという。そんな体験をした一人が住む仮設住宅を訪ねた。 義父に導かれるように  「昭子(続きを読む

vol.50 マツ林が津波の最初の防波堤だった

vol.50 マツ林が津波の最初の防波堤だった

2016年9月1日号, 復興を追う 2016年9月1日 at 13:55 Comments are Disabled

 宮城県の仙台湾沿いにあった海岸林(マツ林)は400年ほど前に、伊達政宗公によって塩害・強風対策として植え始められたもの。東日本大震災ではこの海岸林のほとんどを失ったが、マツ林の復活が減災につながると冊子を発行した公益社続きを読む

vol.49  東松島、人々の記憶を訪ねて(9)

vol.49  東松島、人々の記憶を訪ねて(9)

2016年8月4日号, 復興を追う 2016年8月4日 at 11:35 Comments are Disabled

被災後、手仕事グループを立ち上げる  宮城県東松島市の野蒜・東名地区は東日本大震災による津波被害が大きかったエリアだ。だが、壊滅的な被害を受けつつも、暮らしを取り戻そうと尽力した人々がいたことを記録しておきたい。 一本遅続きを読む