vol.27 生きる力に背中を押された

「和花」の玄関には利用者の明るい笑顔の写真が飾られている

「和花」の玄関には利用者の明るい笑顔の写真が飾られている

 前月号で紹介した大勢の死者を出した海沿いの特別養護老人ホーム(宮城県東松島市)で、奇跡的に助かった3人の利用者は現在も元気だという。3人を救い出した福田敏和さんは、震災後デイサービスを開所した。

一度は見失ったが再び発見

通りには看板も。定員12名のこじんまりしたデイサービスだ

通りには看板も。定員12名のこじんまりしたデイサービスだ

 震災の日、移動中の車が津波に襲われ、利用者3人を車中に残したまま水に飛び込んだ福田さん。その後、一度水が引いた際に2階建ての民家に避難して夜を明かした。一晩中、車に残してきた3人のことが頭から離れなかった。
 翌朝、海の近くまで様子を見に行き、昨夜お世話になった家に戻った時、奇跡が起こった。家の横に流されてきた一台の車を発見する。自分の車だ。利用者をそのままにして乗り捨てたあの車だ。
 ドアを開けると車の中に利用者がいた。声をかけると3人の体がかすかに動いて反応した。
 「生きている」
 だが、目を開く力もない。いずれも要介護度4と5であり、1人は在宅酸素のチューブがはずれていた。
 「1人は服がびしょ濡れでしたから、私の服を着せました。低体温状態だったので、毛布をかぶせてマッサージしました。2人は奇跡的に服も乾いたままでした」
 車を発見した所からさほど離れていない場所にあった介護事業所は、2階に避難して全員無事だった。看護師もいたので、利用者を運ぶことにした。
 発泡スチロールの板の上にふすまの戸を敷き、まだ膝まである水の上を押していく。こうして3人の命は救われた。

「和花(のどか)」スタート

今日はお客さんが来た(左端)。利用者は大歓迎

今日はお客さんが来た(左端)。利用者は大歓迎

 福田さんが、特養利用者のほぼ全員が死亡したことを知ったのは2日後だった。避難者が懸念していた通り、体育館に津波が押し寄せたのだった。職員も11名が死亡していた。
 「震災翌日に特養ホームに行った時、利用者と職員の遺体がいくつもありました。うつぶせの職員の遺体のズボンポケットに、見慣れた長財布を見た時、ことばでは言えない悲しみに襲われました」
 大勢の利用者と同僚を失って、福田さんはもう介護の仕事はしないほうがいいのだろうと考えた。だが、別の介護事業所のボランティアなどをしている間に心境が変わった。
 「災害の前では人が無力であると学びました。その一方で、酸素ボンベがはずれても、一晩生きていられた利用者さんを思い出し、人が持っている生きる力を信じたいと思ったんです」
 こうして、2013年7月に「デイサービス和花」(株式会社 野蒜ケアサービス)を開所。
 「あの時、3人を発見できたからこそ、今があります」
 利用者のそばに寄りそう福田さんの笑顔がやさしい。
 (介護福祉ジャーナリスト・甘利てる代=八王子市)

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