vol.22 新たなコミュニティー作りに挑む

 2014年1月24日、震災から3年目を目前にして、宮城県岩沼市で特別養護老人ホーム「赤井江マリンホーム」の落成式が行われた。

「職員は、誇りであり宝」と施設長

本「奇跡の脱出~3・11のマリンホーム~」

本「奇跡の脱出~3・11のマリンホーム~」


 (前号「特養マリンホームの再出発」の続き)
 海岸からわずか250メートルの距離にあった特養「赤井江マリンホーム」(以下、マリンホーム)。東日本大震災では施設は壊滅的な津波被害を受けながらも、利用者と職員144人が全員無事という奇跡的な避難を成し遂げた。
 落成式で渡された1冊の本。「奇跡の脱出~3・11のマリンホーム~」がある。小助川進施設長は「はじめは震災の時、職員がどんな思いでいたかを残しておきたいと原稿を書いてもらいました。ところがそれを読んでぜひ形にしたいと思ったわけです」と語った。
 栄養士の小野妙子さんは「(略)3日後、やっと帰宅することができた。本当に家族が無事だった……と思った瞬間、張りつめていた糸がプツンと切れたのか、娘(当時4歳)を抱きしめ一緒に泣いた。それから数日後、息子(当時小1)に『あの日はママの誕生日だったから助かったんだね、神様からの誕生日プレゼントだね』と言われた……(略)」(本から)。
 仙台空港に避難したマリンホームの利用者と職員だったが、津波で車が流されていくのを見て「家ももう無理かな……」と思った人がいる。何人もの職員が停電後の暗闇の中で、「夢だったらいいのに……」と思ったと記している。
小助川施設長(右)と鈴木信宏事務長(マリンホーム落成式会場で)

小助川施設長(右)と鈴木信宏事務長(マリンホーム落成式会場で)


 そして、小野さんが一睡もできないまま迎えた朝見た現実はといえば「窓の外を見ると空港はまるで海の中に浮かんでいるかのようだった。長い夜から開放されたいと思っていたが、何も見えない方が幸せだったかもしれない」という過酷なものだった。
 また、仙台空港から無事自宅に戻ったが「毎日、津波の夢に頭痛、吐き気、この症状にしばらく苦しんだ」と書いた職員もいる。
 どの原稿からも事実を伝えたいという真摯な思いと使命感が伝わってくる。
 小助川施設長が「私にとって、職員は誇りであり宝です」と述べているが、奇跡を起こしたのは紛れもなく職員だった。

将来を見据えて

 岩沼市推奨の集団移転地域に建つマリンホーム周辺は建設ラッシュ


岩沼市推奨の集団移転地域に建つマリンホーム周辺は建設ラッシュ

 再生マリンホームが建つのは、市が被災者に集団移転をすすめてきた地でもある。
 マリンホームに併設された地域包括支援センターに勤務する北野恵理子さんは「この地域はこれから徐々に仮設にいる被災者の方々が移ってきます。私はその人たちと一緒に地域作りをしていきたいです」と抱負を語ってくれた。
 マリンホームの新規申し込みも順調で、入居者が徐々に増えている。デイサービスや地域密着型特養の活動も確実に前に進んでいる。何より、地域作りの核となるマリンホームの職員は、被災した人々の心に寄り添っていく決意ができている。再びコミュニティーを作りあげるのもやはり「人」だ。
 (介護福祉ジャーナリスト・甘利てる代=八王子市)

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