vol.16 がれきの海に飛び込んだ兄弟

 東日本大震災発生時、医師と共に地域を支えた小規模ホーム「いずみの郷」(宮城県東松島市)で、あの日石巻でがれきの海に飛び込んで救助活動をしたという若者に出会った。

大学生だった2人

がれきの海に飛び込み救出活動をした志摩大樹さん(右)と弟の海伊さん(現在2人が勤務するいずみの郷で)

がれきの海に飛び込み救出活動をした志摩大樹さん(右)と弟の海伊さん(現在2人が勤務するいずみの郷で)

 有料老人ホーム「いずみの郷」は、入居者数10人の小規模施設。他に介護保険で定員12人のデイサービスを併設している小規模ホームだ。取材を進めていくとさらなる出会いがあった。
 デイサービスで利用者に笑顔で接する2人の若い男性スタッフがいた。利用者との会話も自然で、さりげない。「震災の時はどうでしたか」と何気なく聞いてみる。「僕たちは石巻市のはずれにいました。女川(おながわ)に行こうと思っていたんです」
 聞けばこの2人、施設長の志摩きくみさんの息子さんたちだった。兄は志摩大樹さん、弟は海伊(かい)さんだ。当時は2人とも大学生で、春休みで女川までドライブの途中で震災にあった。
 地震の後、奇跡的に携帯電話がつながった母親から、東松島市にあるいずみの郷に来るようにいわれ、車の向きを変えた。
 「僕たちは日和山で津波が町をのみ込むのを見ました」。そう言うと海伊さんは静かに話し始めた。

「助けたかった」

 言葉を選ぶように丁寧に。決して余計な言葉を使ったり過度な表現をしなかったのは、2人が遭遇した場面の重さを思えば当然かも知れない。記憶を辿るように、話してくれたことと、志摩きくみさんが補ってくれたことを記録しておきたい。
 2人が石巻市内まで戻ると、道路は渋滞していた。津波が来るかもしれないと、日和山を目指して進むと道路は混乱していた。
 仕方なく車を捨てて日和山の上へ上へと登る。眼下に石巻の町が津波にのまれるのを見た。間もなく、崖のきわまで津波が家々と膨大な量のがれきを運んできた。燃えている家もある。
 「助けてくれ」。声のする方を見ると、流されてきた1軒の家の2階に助けを求める高齢の夫婦の姿があった。2階の屋根が崖と並ぶほど水位が上がっている。
 「行く?」「行くか」。兄弟は短く会話をしてがれきの中に足を踏み入れた。大きな漂流物の上を進んでその家にたどり着き、夫婦を助け出した。周囲にも流された人が何人もいて助けを求めていた。兄弟は救出活動を続けた。他の住民も崖の上からロープを垂らして流された人を救い出していた。
 2人は幼稚園の送迎バスが流されていくのを見た。中から子どもたちの「助けて」という声がしていた。助けたいと、がれきの山をいくつも乗り越えたり、泳いだりしてバスに向かったが、なかなか距離が縮まらない。
 「爆発するぞ。戻れ」。崖の上で消防署員が怒鳴っていた。周囲で炎がいくつも上がっていた。身の危険を感じた2人は崖の上に戻らざるを得なかった。
 「できれば子どもたちを助けたかった」。海伊さんは無念そうだった。そして、このことをこんな風に人に語るのは初めてだと教えてくれたのだった。
 「言葉では伝えきれないんです」
 まだ震災を語ることを躊躇(ちゅうちょ)する人々がいる。だからこそ過去のことにしてはならない。(介護福祉ジャーナリスト・甘利てる代=八王子市)

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