vol.35 書店から「希望」を発信し続けて

 震災の被害が著しかったJR仙石線(宮城県)は、5月30日全線復旧したが、今春、まだ路線の一部が途絶えたままの仙石線に乗り、小さな駅で下車した。この駅の近くにある小さな書店で震災の話しを聞くためだった。

震災直後の子どもたち

息がピッタリ合った夫妻。あたたかい空気があふれる店内

息がピッタリ合った夫妻。あたたかい空気があふれる店内

 「福田町駅」(仙台市宮城野区)から歩くこと7分。「冠文堂書店」が見えてきた。戸建ての家が並ぶ住宅街の一角にある。自宅一階を改築して店舗にしたものだ。
 ガラス戸を開けて中に入ると、まず目に飛び込んできたのが絵本のディスプレイだ。幼児向けの絵本と愛らしい飾りつけに思わず笑みが浮かんだ。棚を眺めていくとここの店主が、子どもたちに並々ならぬ愛情を持っていることが伝わってきた。
 店内の奥にはピアノもある。ピアノの前にいたのは小野忠敏さんと妻のしづ子さん。2人は地域の有志と共に長年にわたって絵本の読み聞かせや紙芝居をする「おはなしポッケ」の活動をしてきた。
 震災後、そのことを知っていた被災地の児童館からある依頼を受けた。
 「児童館からは放課後、小学1~3年生の低学年向けに何かやって欲しいと言われました」と忠敏さん。
 聞けば児童館に通ってくる子どもたちが震災以降、落ち着きがなくなったのでおだやかな時間をすごせるようにというリクエストだ。
 「子どもたちが通う小学校は、避難所になっていました。それで多くの子ども向けの支援が入っていました。音楽家の演奏があったり、演劇があったりと盛りだくさんで子どもにとっては毎日がお祭り状態でした。本も多く頂いたようですが、それをゆっくり読むことができなくなっていたのです」
 忠敏さんとしづ子さんは直ちに児童館で活動を始めた。震災から3カ月後だ。しづ子さんの絵本の読み聞かせや、紙芝居、忠敏さんのオカリナ演奏で合唱、昔話や、折り紙を教えるなど、もともと子どもの関心が高いものだ。

聞いてくれる子が1人でも

なまけものの青年が大豆をつくることで成長し、長者になったという民話を紙芝居にした

なまけものの青年が大豆をつくることで成長し、長者になったという民話を紙芝居にした

 「実際、子どもたちはそわそわしていました。話し始めるとすぐに出ていってしまう子もいました。少し長い読み聞かせなどには集中できないんですね」と当時を振り返るしづ子さん。最初の頃は10人集まっても、半分以上の子どもが出ていってしまうことも珍しくなかったという。
 「でも、私たちは1人でも聞いてくれる子がいたら続けようって思っていました」としづ子さん。それでも徐々に「もっと話して」「工作をやりたい」と言う子どもが増えてきた。子どもたちが部屋を出て行くこともなく、落ちついて聞くようになるまで半年という時間が必要だった。
 「震災と津波という過酷な現実に向かいあった子どもたちの心が、ようやく素直に感じる事を取り戻したと思いました」と忠敏さん。活動は2013年まで約2年間続いた。

子どもたちに伝えたいもの

「冠文堂書店」。一般向けの雑誌や書籍も扱っている

「冠文堂書店」。一般向けの雑誌や書籍も扱っている

 しづ子さんは、仙台地方に伝わる昔話をもとに、絵も文章もすべてオリジナルで紙芝居を作ってきた。
 「地域に物語があることを伝えたかったんです」。でも、子どもたちが住んでいた地区があとかたもなく消え去った今、紙芝居をすること事態が辛いこともありますと、しづ子さんは打ち明けてくれた。
 夫婦も震災の被害に遭っている。現在の場所に移ってくる前に住んでいた家(空き家)が津波で流され、土台しか残っていなかったという。この地域の昔からの知り合いやいとこ夫婦も犠牲になった。
 「今も解決していない事の方が多い」。つぶやいたのは忠敏さんだ。
 震災前からこの2人の変わらない活動が、出前活動のおはなしポッケの他に、書店2階の自宅リビングで開催する月例会「おはなし会」がある。紙芝居や読み聞かせ、季節の行事などで楽しむのは地域の親子連れだ。書店通信「ボーナン ターゴン(エスペラント語でこんにちは)」も発行し、「今月の詩、お気に入りの詩」など発信を続ける。
 「小さな本屋がどんどん消えていく時代ですが、子どもたちがここで本の楽しさを知ってくれる間は続けたいです」(忠敏さん)
 子どもたちの未来を願う人がいる。
 (介護福祉ジャーナリスト・甘利てる代=八王子市)

冠文堂書店

仙台市宮城野区福田町1-7-29 電話番号:022-258-3502

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