vol.23 後悔のない在宅支援をしたい

 東日本大震災から1年後の2012年4月に、宮城県岩沼市に定員10人の小規模なデイサービスがオープンした。開設者は震災時、津波に追われるように避難した女性だ。

震災が一つの区切り

利用者と目と目を合わせて話す八巻さん(現在は定員15人)

利用者と目と目を合わせて話す八巻さん(現在は定員15人)


 震災から1年後に開設したのは「デイサービスセンターなでしこ」(特定非営利活動法人なでしこ)。岩沼市の山間部に近い地で周囲を田んぼや畑に囲まれている農家を改築して通所介護を行っている。
 施設長の八巻周子(しゅうこ)さんは震災まで、海辺から250メートルしか離れていない特養に併設されるデイサービスに勤務していた。津波の被害は大きかったが、幸いなことに特養をはじめとする各サービス部門の利用者と職員は全員無事に避難できた。
 すべてを失った大型施設の利用者は、仮住まいを余儀なくされ、デイ部門は当面閉めることが決まった。デイの所長だった八巻さんと職員は、仮住まいで暮らす特養入所者のケアを命じられた。特養の利用者の介護をしながら八巻さんは、福祉法人が再びデイを開設することを待った。
 「でも、まずはデイの再開といっていた話は、次第にトーンダウンしていったのです」
 一方で、以前の利用者からは「いつやるの」「早く再開して欲しい」という声が聞こえてきた。待っているだけでいいのだろうかと心は揺れた。
 そんな八巻さんの気持ちを後押したのが、「八巻さんがやるデイに通いたい」と言ってくれたかつての利用者の言葉だった。気持ちは固まった。震災から数カ月後の夏には職を辞し、開設の準備に入った。50代になったばかりだった。
 「震災を経験したことで、後悔のない介護をしようという気持ちになったんです」

枠にはまらない対応

元は農家だった「なでしこ」

元は農家だった「なでしこ」


 町の中心地に開設しようと思っていたが、知り合いのつてで現在の農家が見つかった。デイをするには十分な広さと環境だった。幹線道路から農道を行くと、広い敷地内に畑や数種類の果樹が植えられている。利用者は畑仕事をしたり、キウイやブドウ、ビワなどを収穫するという。
 「こんにちは」。玄関を入ると、床の間が設けられた立派な広間が目に飛び込んでくる。歴史が感じられる室内には、利用者の作品が飾られている。ちょうど午後の体操タイムが始まったところだ。半円を描いて座った利用者の表情は活気があふれている。スタッフと利用者の距離が近い。八巻さんはもとは中学校の先生だったという男性利用者の隣に腰掛けて一緒に足踏みをする。
半円になって午後の体操を楽しむ

半円になって午後の体操を楽しむ

 「ここでは、食事作りは利用者さんが手伝ってくれます。畑で野菜を育てるのも、それを使って一品作るのも利用者さんが主役。スタッフはできない部分を補う役目です」
 日課表もなく、天気が良ければ草むしりをし、お茶やおしゃべりを楽しむ。みんなが同じ事をしなくていい、というのがなでしこ流だ。また、利用者の在宅状況に応じて、一歩踏み込んだ支援を行うこともある。
 「独居の方だったら、デイのない日にちょっと顔を出して服薬を確認したり話し相手になることもあります」
 型どおりのサービスだけだったら、なでしこを開設した意味がないと八巻さん。もっと在宅を支えたいと自主事業で利用者の「泊まり」も行っている。在宅介護を支えるには、フリーハンドの支援が必要なことをこの人は知っている。
 (介護福祉ジャーナリスト・甘利てる代=八王子市)

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