vol.8 取り残される小規模仮設住宅

 宮城県石巻市の震災被害は、全壊した建物約2万3000棟、半壊約1万1000棟。市内には自宅を失った大勢の被災者のための仮設住宅が約7200戸作られた。震災から間もなく2年をむかえようとする今、仮設住宅で何が起きているか取材した。

「ここに来ると気が紛れる」

手芸教室に参加者の孫が飛び入りでお手伝い。右端が星さん

手芸教室に参加者の孫が飛び入りでお手伝い。右端が星さん

 1月下旬、1台の車が一路、雪の残る幹線道路を石巻に向かっていた。運転するのはNPO法人「みやぎ宅老連絡会」(仙台市宮城野区。以下、みやぎ宅老連)の星菊江事務局長だ。この日は、石巻市の中心街から30分ほどの所にある「関の入り仮設住宅」で手芸教室のボランティア活動をする日だ。
 関の入り仮設住宅は21軒の小規模仮設住宅。空き室もあるから居住者も多いとは言えない。小高い丘の上にこじんまりと並んでいる。
 仮設住宅の一室が集会所になっていて、この日の手芸教室の開催場所だ。テーブルと椅子をセットして手芸用品を並べ、お茶の用意をする。
 午後1時30分。「こんにちは」「今日は何を作る?」そう言いながら集まってきたお年寄りは80代の3人の女性。手芸教室の常連さんだ。手を動かしながら話に花がさく。どうしても話題は復興住宅のことになる。家族と同居していればいいのだが、独居の場合には「いったいどうなっていくか」と行く末を案じているのが分かる。筆者がいたためか、その内の1人が、震災当日、津波に追われるように孫と一緒に避難した様子を教えてくれた。避難所が寒かったこと、トイレがたちまちあふれて大変だったことなどだ。
 午後3時、手芸教室の時間が終わった。「ここに来ると気が紛れるんだよね」そう言いながら、去りがたいように話を続ける女性は1人暮らしだという。

支援にも差が現れてきた

21軒の関の入り仮設住宅

21軒の関の入り仮設住宅

 星さんに小規模仮設で活動するようになった経緯を聞いた。
 「小さな仮設住宅には、支援団体がほとんど来なくなったからです」と答えた。
 この関の入り仮設住宅の目と鼻の先にも仮設住宅がある。歩いて2分程度の距離だ。100戸以上の規模で、そこには当初から数多くの支援団体が入っている。入居直後には、この大規模仮設から声をかけられて、関の入り仮設の住民が行事などに参加することもあったが、今はそれもない。「よその仮設なのに」と、参加を快く思わない声が聞こえてきたため足が遠のいた。
 「ここには高齢者は4人ほどしかいません。でもその人たちが孤立しないためには、こうしたサロン的な活動を通じて居場所を作っていく必要があります」と星さんはいう。月に3回ほどの活動は、お茶会と手芸教室だ。参加者が1人でも2人でもやることに意味がある。星さんは、することがないと嘆くお年寄りを放っておけないという。
P09_chizu みやぎ宅老連ではこの活動に助成金を得たいと3つほど申請したが、すべて認められなかった。
 効果が見えにくい支援だから、説得力がないのかもしれない。だが、仮設の大小で支援格差があってはならない。
 (介護福祉ジャーナリスト・甘利てる代=八王子市)

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