vol.61 青い鯉のぼりを子どもたちに

 今年1月8日の宮城県東松島市の大曲浜地区。この地に一本のポールが立てられ、一匹の青い鯉のぼりが高くあげられた。この地区は東日本大震災で多くの犠牲者が出たところ。青い鯉のぼりは5月5日の子どもの日のプロジェクトの告知でもあり、今は亡き子どもたちに贈る鎮魂の祈りでもある。

7人家族は3人になってしまった

2017年の子どもの日に青い鯉のぼりは1700匹、参加者は約1000人となった=撮影、鈴木貴之さん

2017年の子どもの日に青い鯉のぼりは1700匹、参加者は約1000人となった=撮影、鈴木貴之さん


 3月11日の震災当時、大曲浜地区に自宅のあった伊藤健人さん(当時18歳)は音楽活動のために仙台にいた。家族は7人で、長男の健人さんには当時15歳と5歳の弟と両親、祖父母がいた。
 震災の翌日、自宅に戻った健人さんが見たものは津波に襲われ見るも無惨に変わり果てた我が家。父親とすぐ下の弟は無事だったが……
 「確か3月14日か15日だったと思います。近くの遺体安置所で5歳の弟を見つけました。信じられませんでした。夢だったらいいのにとも思いました」
 弟の名は「律(りつ)」。健人さんと年が離れていることもあり可愛い伊藤家のアイドルだったという。
 健人さんたちは、まだ見つからない母親と祖父母を見つけるため、避難所や遺体安置所を巡った。
 「自宅を片付けていた時に、泥だらけの青い鯉のぼりを見つけました。それは律が大好きだったもの。僕はその鯉のぼりを洗い、空に昇ってしまった律に見えるようにと家の前に高くあげました」。母親と祖父母が見つかったのは、震災から1カ月後だった。

その年の5月5日、224匹の鯉が泳いだ

伊藤健人さん

伊藤健人さん

 「3月末、僕はパソコンで和太鼓チームに連絡をとり自分が長年やってきた太鼓で何かを表現できたらと、合奏を願い出たのです」
 返事はすぐにきた。
 「君の弟さんと同じように震災で亡くなった子どもたちのために、青い鯉のぼりを集めて家の前に飾ろうよ」
 健人さんは「その言葉を聞いて、一筋の光が見えました」と振り返る。
 チームの人たちの協力などもあって、鯉のぼりは224匹集まった。震災から2カ月後5月5日、子どもの日には、口コミで知った人たちが100人ほど集まり鎮魂の集まりを持った。
 これが、子どもの日に、鯉のぼりをあげて震災を伝える「青い鯉のぼりプロジェクト」の始まりだ。開催場所は復興が進むに伴って、健人さん宅の庭先から大曲浜新橋に変わり、昨年は大曲浜地区の萬寶寺仮本堂前となった。
 「この活動を始めたのは、最初は家族のためでした。でも、こうして共感してくれる人々が増えたことで、天国にいる震災で亡くなった多くの子どもたちに届けたいと思うようになりました。残された僕たちは長く、永く伝えていくよという思いです」
 青い鯉のぼりを見たら、災害時にどうすれば良いかなども家族で話し合って欲しいと、健人さんは言う。
 「律は生きていれば今年は中学生」と健人さん。弟の声はもう聞くことはできないが、今年も青い鯉のぼりは空高くあがる。(介護福祉ジャーナリスト・甘利てる代=八王子市)

 ■「青い鯉のぼりプロジェクト」の連絡先はホームページから
www.ryukoutengoku.info/koinobori.html
 5月5日、大曲浜地区(正式な場所はSNSで告知)で開催。参加は自由。全国から寄せられた青い鯉のぼりをあげ、和太鼓の演奏などがある。

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