vol.80 残堀川散歩 -武蔵村山市-

 新涼を求めて川沿い歩き ひと休みできる木陰も

暑さの中、水をたどる

 武蔵村山市内を流れる残堀川、3キロほどの部分を、約1時間かけてゆっくり歩いた。
東大和市駅からバスで「イオンモールむさし村山」まで行き(他駅からのルートもあり)、少し南下したところの「伊奈平橋」からスタート。猛烈に暑い日で、川の水は干上がっていたけれど、「親水緑地広場」という表示の地図で、ところどころに木陰があることを確認。「見晴橋」のあたりから、川には水が流れて、目にも涼しげな光景になった。小さな橋の親柱が、デザインいろいろで楽しい。

蛇退治が名前の由来

残堀川は、江戸時代前期に瑞穂町の狭山池とつなぐ流路が人工的に開削されたため、狭山池を水源とする。「ざんぼり」という名前が印象的だが、由来としては「じゃぼり」がなまったものだと、川の途中にある碑に記されていた。
狭山池に住んでいた蛇を退治したら、大量の血が堀に流れたことから、「蛇堀(じゃぼり)川」と呼ばれ、それがなまって「残堀川」になったというお話。「蛇の血が川に!」と意外に生々しい話に驚くけれど、こういう伝承から、川が人々の生活にとってずっと大切なものだったのだと感じられるのは興味深い。

鉄道跡の自転車道

2021年8月19日木曜日 川の近くまで降りられる場所もあった。雨の降った後などは注意が必要だが、水の近くまで行ける。水の表面を渡る風が涼しい。木陰のある広場も随所にあってありがたい。
「堀川橋」で川を東西に横切る道は、野山北公園自転車道。以前に「トンネル散歩」として歩いたことがある「軽便鉄道跡」にできた道の続きにあたる。軽便鉄道は、羽村取水堰近くの砂利採取場から山口貯水池(狭山湖)まで、資材を積んだトロッコをディーゼル機関車で運んだ鉄道で、1932年(昭和7年)まで使われていた。
川を離れ、自転車道を西へ行くと、富士見通りと交差するところに「岸・貝塚の馬頭観音」が建つ。1871年(明治4年)造立。道標を兼ねた馬頭観音で、本来は江戸街道にあったもの。寄り添う大樹との風景が良い。

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