vol.12 新選組と用水の日野 日野市

用水が歴史を伝える 水と緑の日野を歩く

日野宿本陣から

01_P072_arucoco_01 日野といえば日野宿、そして新選組。最近はアニメや漫画で新選組が取り上げられ、若いファンが「聖地」として日野を訪れることも多いようだ。
 都内に現存する唯一の本陣建築である日野宿本陣へ。現在の建物は、土方歳三の義兄であり新選組の庇護者として知られた佐藤彦五郎が1863年に棟上げし、翌年完成したもの。1863年は、後の新選組が「浪士組」として京都に到着した年。
 日野宿本陣では、ここの歴史について、ボランティアの方から聞くことができる。本陣の薄暗い式台から表門を臨むと、ここを訪れた多くの有名無名の先人たちの姿が見えるようだ。

用水をたどって

 本陣の南には、「御前の間」「上段の間」という二間があったが今はない。明治26年に佐藤彦五郎の四男彦吉の養子先、有山家が大火で家を失ったため、この二間は有山家に曵屋(ひきや。「曵家」とも)された。家を曳いて移動させるということが、興味深い。しかも、庭の池から用水をたどって移したと聞き、さぞ見ものだったと思う。
 曵屋した建物は個人宅なので公開していないが、建物を眺められる立地で、有山家の次男、至(いたる)さん敬子(ゆきこ)さんご夫婦が、「カフェ花豆」をオープンしている(土日祝日のみ。2月8月はお休み)。信州でハムやベーコンを作りながらカフェをしていたというご夫婦。居間や書斎を開放した自宅カフェは、親しい友達の家に招かれたようにくつろげる。

水田で知られた日野

 日野は、多摩川と浅川によってつくられた「沖積低地(ちゅうせきていち)」と呼ばれる地形で、水に恵まれ肥沃(ひよく)な土地が広がる。多摩の米どころとして知られてきた。水田は残念ながら減少しており、1995年に55ヘクタールあった水田が2010年には18ヘクタールになったという。
 歩いているとあちこちで用水を見る。たっぷりの水が勢い良く流れている。戦国末期から新田開発に伴って掘られた用水が今も大切にされていることは、日野の大きな魅力だろう。

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