vol.50 鉄道跡を歩く 国分寺市 国立市 立川市

電車の音を心に響かせ3つの市を渡り歩く

新幹線ひかりと光町

01_P149_aru_01 JR国立駅北口ロータリーは国立市だが、北へ歩くとすぐ国分寺市の光町。電柱に「新幹線通り」の旗が翻る。新幹線の開発研究を行っていた鉄道技術研究所(現在の鉄道総合技術研究所)があることから、新幹線ひかりにあやかって、1966年(昭和41年)、「光町」と名付けられた。
 スポーツセンターを含む国分寺市の施設である「ひかりプラザ」敷地内には、1969年(昭和44年)に製造された技術開発車両の新幹線951形が「新幹線資料館」になっており、新幹線発展の歴史パネルなどが展示されている。

線路跡を歩く

 住宅街から、「ポッポみち」を歩く。かつて国立駅から鉄道総合技術研究所に続く線路があったことを記念して名付けられたと案内板に。200メートルほどの整備された小道は、JRの線路沿いの道に出る。
 線路沿いを立川駅方向に歩いて、国分寺、国立、立川の3市を通る「線路跡」を歩いてみることにする(イラスト地図のピンク色の部分)。かつての立川飛行機株式会社、立川飛行場(現在の昭和記念公園)、陸軍獣医資材廠(現在の陸上自衛隊東立川駐屯地)への燃料輸送などのための線路があったところで、1977(昭和52)年の立川基地返還に伴って廃線となり、2キロほどのきれいな遊歩道に整備されている。

レールや橋に昔を思う

 遊歩道のアーチや藤棚には、電車のレールが再利用されているそうだ。この足元にレールがあったのかと思って歩いてみると、ゆるやかなカーブを行く電車の姿が見えるような気がしてくる。
 近くには、排水路として掘られた「緑川」もあった。現在はすべて暗渠になっていて、緑川通りなどの名に残るだけ。しかし、JRの線路の南側、緑川の上に作られた「緑川第一公園」と線路の間の道路に、かつての排水路の上に架かっていた「羽衣小橋」と刻まれた石の欄干がそのまま残されているのが面白い。「昭和二十九年八月」と彫られた文字が読めた。

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