vol.13 水と緑の羽村散歩 羽村市

緑の風を浴びて歩く玉川上水の始まりへ

多摩川の水をたどって

01_P074_arucoco_01 福生駅西口を出て、玉川上水へ向かう。太陽が照りつけるアスファルトを歩いた後の玉川上水は、まさにオアシスだ。こんもりと見える緑の奥は「田村酒造」。敷地内に玉川上水から引いた田村分水が流れる。酒蔵を後にして、上水沿いを羽村堰へ。
 玉川上水は、羽村堰から小平監視所までの12キロ、多摩川の水が流れている。今の季節、濃淡の美しい緑が茂り、悠々と流れる豊かな水とそのきらめきにため息が出る。涼しさを感じる。また、橋ごとに景観が少しずつ変わるのも見どころだ。

羽村のひと中里介山

 玉川上水沿いでも奥多摩街道の側は交通量が多く、散歩にはあまり向かない。しかし中里介山のお墓に行くため街道を渡った。お墓は禅林寺の中。初めて行く人はたぶん迷う。狭い坂の上に「中里介山先生墓地」という立て札も立っているが、これまた見つけにくい。ただ、迷いながら行くのも散歩の醍醐味。深呼吸してゆっくり探そう。
 中里介山は、1885年(明治18年)羽村に生まれた。小学校を卒業した後、一家を支えるために働き、キリスト教や社会主義の影響を受けながら執筆。代表作は「大菩薩峠」。
 戦時中、「国家の要請に従い、国策に協力する」ことを目的とした文学者の会が設立されたとき、会員になることを拒否した一人が中里介山だったという。

玉川兄弟にご挨拶

 玉川上水に戻り、羽村堰へ向かう。羽村堰には玉川上水開削の指揮にあたった玉川兄弟の銅像が立っている。堰の方向を指差しながら立つ像を見上げて、「今の玉川上水はどうですか」と聞いてみたくなる。
 羽村堰から多摩川を見て、堰の上にも立ち、江戸へと向かう流れの先を見渡す。玉川兄弟と、この大事業に携わった人々に尊敬の思いがこみあげる。
 散歩の最後は、羽村堰下橋を渡って、羽村市郷土博物館へ。羽村や玉川上水の歴史、そして中里介山についても詳しい資料が揃っている。1847年に建てられた農家「下田家」が移築され、囲炉裏から立ち上る煙が今も天井を燻している。

Comments are closed.