vol.1 拝島~昭島

古代から江戸、今へと続く昭島を歩く

昭島のシンボル、クジラ

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5月1日に市制施行60周年を迎える昭島市、拝島~昭島の南側を歩く。南に多摩川、北に玉川上水と豊かな水に恵まれて人を育んできた土地には、人類以前の歴史も残る。1961年に多摩川から発掘されたクジラの化石は、体長16メートル余り、百数十万年前のものといわれ、完全な形で発見されたクジラの化石は世界でも貴重とのこと。以来クジラは昭島市のシンボルになっている。化石の一部は長く市役所のロビーに展示されていたが、現在は詳しい調査・研究のため群馬県立自然史博物館に保管されている。

拝島宿の賑わいを想像しながら

江戸時代、八王子に駐屯した千人同心(甲州口の警備と治安維持にあたった)の往還路であった日光街道の宿場のひとつが拝島宿。宿場の出入口には寺社があるものだそうで、今の拝島公園と周囲に寺社が集まっている。公園内の「拝島のフジ」は、800年の時を経て毎年みごとな花を咲かせる。江戸時代終わり頃の記録では、拝島宿には6軒の宿屋のほか、居酒屋、質屋、銭湯、荒物屋、菓子屋、かじ屋などの店が56軒も建ち並んでいたそうだ(冊子『路傍の文化財』昭島市教育委員会発行より)。今それらの面影を見つけるのは難しいが、当時の賑わいを想像しながら歩くのもいい。

人もバスも運んだ渡し船

日光街道の渡しとして重要な役割を担っていたのが「拝島の渡し」。現在の拝島橋から100メートルほど上流にあったという。鉄道や道路の交通網が整備され、1955年に拝島橋が開通する頃にはその役割を終えていたが、古くから多くの人達の大切な渡しであったことは今も語り継がれている。人だけでなく、昭和の初めにはボンネット型の定期バスも渡しを利用したというから、小さなフェリーでもあったと思うと楽しい。拝島橋の真ん中に立って多摩川をじっと眺めると、小さなバスを乗せた渡し船や、船を待つ人々の姿が見えてくるような気がする。

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